「財界」2007年4月号
■このトップの経営戦略
株式会社ケミテック 代表取締役社長 山岡 守東京・築地の魚市場で運命の出会い
バイオによる画期的な生ゴミ処理機を開発
2010年の「上海万博」に300台を納入予定
北京科技大学と砂漠緑化の共同研究も開始
「先生から教わったことに、自分なりの創意工夫を加え、想定どおり短期間で生ごみが骨などの残滓物も含めて微生物で完全消滅した時は、会社勤務を辞め10年以上この開発に没頭し、ようやく求めていたバイオ製剤ができたと確信しましたね。この日から、好きだった酒を一滴も呑んでいません。酔っ払って、21種類の土壌菌の培養ノウハウを他人に漏らしてしまわないためです(笑)」。こう決意したのもうなずける。中国の第2位のゼネコン中国第二十冶金建設公司(国営企業、本社・上海市)と昨年10月に販売委託提携し、2010年開催の「上海万博」会場に同社開発の生ゴミ処理機「スーパーワイティ」を300台(約60億円)納入する計画である。さらに現在、北京科技大学(国立)の環境工学部と共同研究で、北京市内の生ゴミ処理の大型プラント建設とその残滓物を砂漠化が進む中国内陸部の緑化に活かす一石二鳥の環境対策にも取り組んでいるからだ。
環境問題に力を入れる中国を魅了する同社の技術力は、大型トラックの営業マンだった山岡氏が、顧客から依頼された消臭剤を会社勤めの傍ら独自に開発し、脱サラしてセールス先の東京・築地の中央卸市場で市井の研究者に出会ったのがきっかけ。昭和40年代、世は高度経済成長の真っ只中で、しかしゴミ問題や光化学スモッグなど環境問題もマスコミを賑わせた頃である。
「その先生は東京帝大卒の70歳くらいの人だったが、生ゴミや悪臭は化学物質により分解するのではなく、微生物による完全消滅しか方法はないという持論をもっていた。擦りきれた背広を着て、市場の片隅で魚介類の頭や骨を集め、機械の中で一心不乱に研究していました。『地球はバイオでしか救えない、見給え』と言うので見てみると中はウジ虫だらけ(笑)。市場の人は皆笑っていました」。この主張とその研究姿勢に興味を持った山岡氏は、独りで住んでいた埼玉の自宅をたびたび訪問してその教えを請うた。「今、振り返るとこの出会いが私と家族の人生を誤らせたかも(笑)。それからは、先生の理論を基礎にそのバイオ製剤の研究開発に没頭しました。一家の収入は家内だけ。3人の子供からは、何度も普通の仕事に就いてくれと、懇願されましたが…」。10年近くその理論に基づいて様々の試行錯誤を行ったが、それで、土壌菌の組み替えや培養方法などを独自に考え、素人の思いつくまま実験したところ、3年後に冒頭の求めていた結果が現れたのだ。「結果論から言えば、先生の理論はやはり学者的な発想でした。どうせ出来ないのであれば、例えば地下4,000mにしか存在しない特殊な微生物をブレンドするなど、何でも実験してみました」と語る。
その後、世の環境問題の高まりの中で、勇躍同社を設立したが、製造・保守を任せた大手メーカーとの提携が、相手側の不実によって4年ほどまったく販売できないなど、起業家として辛酸を舐めたことも。そんな時、01年に福島県が開催した「うつくしま未来博」での処理機の評判を聞きつけ、上海万博協会の担当者が同社を突然訪ねて来て、中国企業や大学との販売提携や共同研究がトントン拍子に決定した。「中国第二十冶金建設の契約で、運命が変わりましたね。新聞の記事報道をきっかけに、東京のファンド会社や上場の大手企業から引き合いが増え、現在業務提携も含めて交渉中です。近い将来は上場も目指したいですね」と、一転して前途は洋々である。
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